大堀相馬焼とは?二重焼・青ひび・走り駒の特徴と歴史を解説

大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)とは、福島県浪江町大堀を発祥とする焼き物で、「二重焼(にじゅうやき)」の構造、青磁釉に入る「青ひび」、そして「走り駒(はしりごま)」と呼ばれる馬の絵の三つを大きな特徴とします。この記事では、大堀相馬焼の特徴・作られるもの・歴史・震災からの再興まで、はじめての方にもわかるように解説します。

この記事でわかること

  • 大堀相馬焼とは何か(福島県浪江町の焼き物)
  • 三つの特徴(二重焼・青ひび・走り駒)
  • 相馬藩の御用窯に始まる歴史
  • 東日本大震災からの再興
  • 使い方と選び方

目次

大堀相馬焼とは

大堀相馬焼は、福島県双葉郡浪江町の大堀地区で発展した陶器で、1978年に国の伝統的工芸品に指定されました。旧・相馬藩の地で庶民の日用の器として広まり、独特の技法と縁起のよい絵付けで親しまれてきました。素朴ながら工夫に富んだ、東北を代表する焼き物のひとつです。

三つの特徴

特徴 内容
二重焼(にじゅうやき) 器を二重構造に作る技法。熱い飲み物を入れても持つ手が熱くなりにくく、冷めにくい
青ひび 青磁釉の表面に細かなひび(貫入)が入り、網目のような模様になる
走り駒(はしりごま) 左向きに走る馬の絵。「左馬(ひだりうま)」は縁起がよいとされる

とくに二重焼は大堀相馬焼を象徴する技法で、湯呑みなどに実用的な工夫として生かされています。

走り駒(左馬)の縁起

大堀相馬焼を象徴する絵柄が、左を向いて走る馬「走り駒」です。相馬地方は馬の文化が根づいた土地で、「左馬」は「まさ(馬を逆さに読むと『まう』)」から福を招く、馬は左から乗るため倒れない=商売繁盛、といった縁起がかつがれ、贈り物にも喜ばれます。

大堀相馬焼の歴史

大堀相馬焼は、江戸時代前期、相馬藩の下級武士が始めたのがきっかけと伝えられ、藩の保護のもとで大堀の地に窯元が集まり、産地を形づくりました。日用の器を数多く生み出し、東北屈指の焼き物産地として栄えました。

東日本大震災からの再興

2011年の東日本大震災と原子力発電所の事故により、産地の大堀地区は避難を余儀なくされ、窯元は各地へ離散しました。しかし、多くの窯元が避難先などで作陶を再開し、伝統の技を絶やすことなく受け継いでいます。困難を乗り越えて守られてきた焼き物として、その一つひとつに重みがあります。

使い方・選び方

  • 湯呑み・カップ:二重焼の湯呑みは熱い茶でも持ちやすく、実用的で贈り物にも人気です。
  • 縁起物として:走り駒の器は、開運・商売繁盛の縁起物として選ばれます。
  • 手入れ:陶器で吸水性があるため、使い始めの目止めと、使用後によく乾かすことがおすすめです。

よくある質問(FAQ)

Q. 二重焼とは何ですか?
A. 器を二重構造に作る技法です。内側と外側の間に空気の層ができるため、熱い飲み物を入れても持つ手が熱くなりにくく、保温性も高まります。

Q. 「走り駒」はなぜ縁起がよいのですか?
A. 左向きに走る馬「左馬」は、語呂や馬の乗り方にちなんで、福を招く・商売繁盛・倒れないなどの縁起がかつがれるためです。

Q. 震災のあとも作られていますか?
A. 作られています。原発事故で産地が避難を余儀なくされましたが、多くの窯元が各地で作陶を再開し、伝統を受け継いでいます。

まとめ:大堀相馬焼は工夫と縁起が息づく東北の器

大堀相馬焼は、福島県浪江町に伝わる、二重焼・青ひび・走り駒を特徴とする焼き物です。手が熱くなりにくい二重焼の工夫や、縁起のよい馬の絵付けが魅力。震災を乗り越えて受け継がれてきたその器を、湯呑みなど身近な品から手に取ってみてはいかがでしょうか。


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