700年続く日本の木桶づくりの技を継承し、海外のクリエイターとのコラボで、新しいクラフトデザインもおこなう「中川木工芸」(滋賀県大津市)。こちらの作品を体感できる「コンセプトルーム」が、おごと温泉の旅館にオープン。「宿泊して楽しむ」という、かつてなかった伝統工芸のプレゼンテーションだ。
コンセプトルームは、びわ湖のリゾート、おごと温泉「びわ湖花街道」(滋賀県大津市)の、琵琶湖を望む露天風呂つきの1室。中川木工芸を主宰する職人・中川周士さんは、伝統的な木桶の技で生み出した工芸作品で人間国宝となった父・中川清司さんの後を継ぎ、桶を現代のプロダクトとして展開。その作品が海外の美術館のコレクションに入るなど、高く評価されている。
コンセプトルームは、滞在して使いながらその作品を楽しめる、世界で唯一の空間。部屋に木桶はもちろん、インテリア小物、アート作品など中川木工芸のオリジナルアイテムがそろう。日本人の生活からすっかり縁遠くなってしまった職人技の桶や、木工アイテムの使い勝手が、五感で感じられる。
伝統的な桶の工法は、10年以上寝かせた高野槙や木曽檜などの木材を、200種以上あるカンナで繊細な曲面に削りあげ、それを箍(たが)で締める。柾目(まさめ)がまっすぐに走った白木の美しさと木肌のやわらかさ、そしてアロマ効果もある、清々しい木の香りが特徴だ。手に持つと驚くほど軽いのも、職人技ならでは。入浴が最高に贅沢な時間になる。
コンセプトルームのお披露目当日は、伝統工芸を軸として、アートやデザインとの接点を作るプロジェクト『GO-ON』のメンバーである竹工芸の「公長齋小菅」(京都市中京区)の小菅達之さん、茶筒の「開化堂」(京都市下京区)の八木隆裕さんを交えてトークショーも開催された。
伝統の技を受け継ぎながら内外のデザイナーやクリエイターたちとのコラボレーションを試みてきた中川さんの同志が語った、現代と未来の伝統工芸のお話を、少しご紹介。
中川周士(以下、中川)「桶屋は、最盛期には京都に250軒あったんですが、それが4軒にまで減りました。自分は桶にデザイン性をもたせたシャンパンクーラー、三角やしずく型の桶なども作りました。たくさん作ってひとつでも残れば、そこに桶の未来があると思う」
八木隆裕(左、以下八木)「このホテルのように、工芸品を実際に試せる場所があるのはとてもいいことだと思う。感覚を経験で伝える。そして価値をきちんと伝えていくことで、つながってゆくと思う」
小菅達之(右、以下小菅)「伝統工芸といっても生活の道具だから、変わっていく世界にどう応じていくか?ということも大切ですよね」
中川「GO-ONのように、プロダクトデザイナーと新しいものをつくっていく仕事は、自分にない発想を得ることができるので面白い。たとえば、桶をつかった椅子、箍(たが)を1本にするデザイン。コラボ相手が伝統工芸に無知ゆえの(笑)無理が、自分の領域を広げてくれるということがあります。700年続いてきた桶に、まだ伸びしろがあったのか! と…で、ついつい面白いものばっかりつくってしまうんですが(笑)」
小菅「中川さんはクラフトマンでうらやましい。僕は売場も考えながら、プロダクトのプランニングをするという立場なので。面白いことをやっても、売れないことも多いから(笑)」
中川「用途のあるものは、国境や宗教を超えて世界を平和につなぐと思うし、それをつくることで、技術をつなげていくこともできる。こうやって、異業種の次世代が横のつながりでコラボできるのは、ありがたい」
八木「AIの時代になっても、『気持ちのいいこと』というのは、自分たち人間が、最後に感じたいと思うことでもあるんじゃないか。工芸で、それを伝えていきたい」
トークイベントでは、檜の削り屑とライムの香りのデトックスウォーターが振る舞われた。これぞ五感で味わう伝統工芸。今後、伝統工芸の世界も世代交代がおこなわれ、まだまだ新たな発想やプロダクトが生まれる予感がする。
『GO-ON』 https://www.go-on-project.com/jp/
「びわ湖花街道」 https://www.hanakaido.co.jp/