藩政期以来の伝統を守るただ一人の加賀竿(かがさお)職人、中村滋さん(61)=金沢市額谷1丁目=が21日までに、「磯の王者」として釣りファンに絶大な人気を誇るイシダイ用の竿を制作した。加賀藩士がたしなんだ川釣り用の竿作りを源流に持つ高度な技術を海釣り用にも展開し、新しい市場を切り開く。イシダイ釣りの人口は近年、アジア各国で増えており、海外需要もにらんで商品化する。
「加賀石鯛(いしだい)竿」と名付けた作品は3本継ぎのつくりで、全長は約5・2メートル。最高級材料である鹿児島産「布袋竹(ほていちく)」の中でも特に太い5、6年ものを使い、イシダイの特徴とされる強烈な引きに耐える強靱(きょうじん)さを持たせた。重さは市販のカーボン製と比べて若干重い1120グラムとなっている。
中村さんは2年前、第50回全日本磯釣り選手権イシダイ釣り部門で実寸71センチを釣って北陸勢として初優勝した白山白峰漁協理事の鶴野俊哉さん(白山市)と知り合い、イシダイ竿に関心を持った。
和竿の職人は平成の中頃まで全国に60~70人ほどいたが、高齢化が進み、技術の継承が課題とされる。人気の高いイシダイ和竿も今は専門の職人はいない。往年の名工が手掛けた逸品は、インターネットのオークションで1組60万円を超す値が付く。
一方で近年、和竿は海外で注目され始め、東京では注文の半数近くを外国人客が占めるという。イシダイ釣りは中国や韓国、台湾でも人気が高まっており、九州や四国を訪れる釣り人が急増している。
中村さんは、伝統技術の継承とともに加賀竿に新たな魅力を付加し、全国での認知度を向上させて海外ファンにもアピールしようと、イシダイ竿作りに取り組むことを決意。東京の職人に独特の工法について教えを請い、材料の竹を譲り受けた。
竹はこれまで主に手掛けてきた川釣り用に比べてに太く頑丈で、加工には数倍もの体力と時間を要した。強度を確保するため、継ぎ手には太い糸を巻いて漆を塗る補強を二重に施した。イシダイの強烈な力がかかると、継ぎ目のわずかな隙間から竿が折れてしまうことから、0・05ミリ単位の精巧な加工を心掛けた。
デザインは、工芸・デザイン史の研究者でもある鶴野さんが手掛けた。長く隆々とした竿を、「槍(やり)の又(また)左(ざ)」と称された加賀藩祖前田利家の槍に見立て、尾山神社に伝わる利家の刀の鞘(さや)に倣った、華やかな赤朱色の漆で仕上げた。
加賀石鯛竿は6月上旬に輪島市の舳倉島でテストした後、オーダーメードで制作する。価格は1組20万円程度を予定している。