和紙虫食いに思いあてがう 和本修復、大入の経師

「パラパラ」「シャッシャッ」――。作業場には古文書のページをめくる音と和紙にはけをかける音が響く。静けさと緊張感に包まれるなか、職人たちはちぎった和紙をピンセットでつまみ、虫食いであいた数センチメートルのいびつな穴にあてがう。文化財・美術品修復の大入(京都市)は、和本を仕立てる「経師」(きょうじ)の技術を生かし傷んだ和本をよみがえらせる。

慎重なピンセットさばきで1ミリメートル単位で寸分たがわず和紙を穴にあてがうさまはまるで手術中の外科医のよう。水を含んだ筆で和紙に虫食いの穴と同じ大きさの円を描く。ふやけた和紙の輪郭を手でちぎり、解体した古文書の虫食いにのりでさっとつける。

修復は「文化財修復」と「美術品修復」に分かれる。特に美術品修復では直した場所を判別できないようにページと同じ色合いの和紙を使う。古文書の種類や損傷具合、顧客の要望に応じ、修復方法も使い分けなければならない。まずは和紙選び。こうぞやみつまたなど4~5種類の材料や和紙の産地、厚さ、色、硬さなどで様々な種類がある。大入の職人は200~300種類もの在庫などから原本にふさわしいものを見分ける。

同社は日本古来の方法でとじる和本の製作会社に勤めていた大入百太郎氏が1951年に独立して開業した。博物館や個人から掛け軸や古文書の修復・複製を受注する。鎌倉時代~室町時代に作成された「源氏物語」の修復や松尾芭蕉の「奥の細道」の原本解体といった実績を誇る。

在籍する職人約30人はみな経師だ。経師はお経を書き写し巻物にする職業として生まれ、奈良時代には存在したという。時代を経て和本を仕立てる職業に変わったが、今はその仕事は多くない。ただ日本や中国、韓国の様々な古書の様式に応じた材料の選び方や表題の紙のはり方――。体で覚えたこれらの経験が作品を長持ちさせる修復作業を可能にする。

創業者の息子で経師である代表取締役の大入達男さん(68)は作品を修復する意義を「人の思いをつなぐこと」と語る。作者や所有者などの思いに寄り添い、ふさわしい方法で作品を修復し時代に引き継ぐ。

達男さんは修復技術や必要な材料を次代に残そうと力を注ぐ。2017年に慶応大の教授らと呼び名が別々だった和本の様式を統一し、若手にも理解しやすくする事業にも乗り出した。和紙など素材の仕入れ先も後継ぎがいるところを選ぶようにしているという。

「修復の受け皿となる組織が必要」と人材育成も重視する。経師に必要な素養として「言われたことに『はい』と返事ができる素直さ」を挙げる。のりをといたり和紙をはがしたりと各作業で最初から助言に納得することは難しい。「5~10年で経験したことが互いにつながって点から線になる」と大入さん。「私は65歳になって初めて一人前になった」とひげを蓄えた顔に笑みが浮かぶ。

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