小池ろうそく店、民衆発の伝統文化 再興に奮闘

表面に桜やハスなどの花を描いた伝統工芸品「絵ろうそく」。福島県会津地方が産地として有名だが、新潟でも仏前に彩りを添える仏具として重宝されてきた歴史がある。小池ろうそく店(新潟市)は一度は消えかけた文化を復活させ、認知度の向上に奮闘している。

絵ろうそくの海外での販売が目標だ

新潟で絵ろうそくの文化が花開いたのは江戸時代中期ごろ。仏壇に供える花を手に入れるのが難しかった冬に、花の絵を描いたろうそくを代わりに添える習慣として庶民の間に広がった。

小池ろうそく店は1893年に創業。初代の小池源太郎がびんつけ油を販売するかたわらで、絵ろうそくを製造したのが始まりだ。創業後、数十年の歴史は不明だが、機械化による大量生産品が台頭し、絵ろうそくは急速に衰退。80年代には絵師を抱えず、一般のろうそくの卸売を中心に手がけるようになった。

こうした状況に危機感を抱き、絵ろうそく文化の復活に取り組んだのが現社長で4代目の孝男氏だ。90年代に大学を卒業し、繊維の専門商社での勤務を経て家業を継いだ。

絵ろうそく復活への道のりは険しかった。営業で県内の土産物店を50カ所以上回ったが、相手にされない。「1本1000円もするろうそくに火を付ける人はいない」と一蹴された。百貨店のイベントに出品しても客から「辛気くさい」とけなされることも多かったという。

それでも絵ろうそくにこだわった。「消えかけた文化だからこそ、守る必要があると感じた」(孝男氏)。絵ろうそくは一部の富裕層が関心を持つことが多いほかの伝統工芸品とは違い「民衆から生まれた新潟の誇るべき文化だ」(同氏)。

家業を継いで3年がたったころ、営業の成果が出始めた。東京や大阪で孝男氏自身がろうそくの製造を実演していると、絵ろうそくに親しみがある年配客を中心に購入者が徐々に増えていった。さらに追い風となったのが2005年に愛知県で開かれた日本国際博覧会「愛・地球博」だ。

「ありがとう」という言葉を8カ国語に訳して記したろうそくが新潟県産品として唯一の愛・地球博公式グッズに選ばれた。自動車や飲料メーカーなどの大手企業が名を連ねるなか、小池ろうそく店の存在はひときわ目立ち、県内外のメディアが取り上げた。

現在は絵ろうそくの製造をほとんどやめていた80年代とは一転、売り上げの9割を絵ろうそくで稼ぎ、絵師を8人抱えるまでに成長した。孝男氏に4代目という意識はない。「初代のつもりで、新しいことに挑戦したい」

19年5月には大学を卒業して間もない長女の深香さんが入社した。若い女性らしい感性をデザインに生かした新ブランドを立ち上げる。仏具という枠にとどまらず、絵ろうそくの魅力を世界に発信しようと考えている。

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