平成から令和に元号が切り替わった。移ろいゆく時の中で、東北に受け継がれた伝統や文化、技術を守り続ける人々がいる。時に大胆に、時に慎重に。地域の貴重な資産を次代へつなごうと歩みを進める。
◎(3)水沢鋳工所(奥州)/千田翔稀さん(19)
「作るものは毎日違う。楽しい仕事だぞ」「重い物を扱うので腰痛に気を付けろよ」。右も左も分からない「新人」に「先輩」たちの助言は、どこか親心がにじみ出ていた。
●祖父と父追う
南部鉄器で有名な岩手県奥州市。1946年に創業した鋳物機械部品製造の水沢鋳工所に今春、地元の高校を卒業して千田翔稀(しょうき)さん(19)が入社した。
祖父勝さん(77)、父真さん(45)は職場の大先輩だ。鋳型を作ったり、鋳型に溶けた鉄を流し込んだりする造形部門に所属している。その背中を追って鋳物職人としての一歩を踏み出した。
62人が働く職場では鉄道や船舶、自動車の部品を製造している。主力はマンホールのふたや鉄道踏切の部品。破損すれば大事故につながる製品だけに高い品質が求められる。
翔稀さんは製品の汚れを落とすなどして仕上げる最終工程に配属された。「自分がミスをすると作った人やお客さんに迷惑が掛かる」と緊張の日々が続く。
職人たちは製品を品番で呼び合う。「工場内を番号が飛び交い、それが何を指しているのか全く分からない」
●夕食囲み質問
こんなときも助けになるのは祖父と父。職場で顔を合わせることは少ないが、夕食を囲みながら「あの製品は何に使うの」と質問する。
「果たして孫に務まるかと思っていたが、いろいろ聞いてもらうとうれしいもんだ」と勝さんが目を細めた。機械化や分業化が進む以前の1964年に入社した最古参で、鋳造工程の全てを体で覚えてきた。
「やる気があるのはいいこと」と笑う真さんは職場を明るくするムードメーカーでもある。そんな2人を見つめ、翔稀さんは「いつかは自分も何でもできて頼りにされる存在になりたい」と語る。
高度経済成長の日本を縁の下で支えてきた水沢鋳工所の鋳物も、時代の変化とともに新たな可能性に挑戦している。
大手家電メーカーの依頼で量産化した南部鉄器の炊飯器の内釜もその一つだ。大ヒット商品となり、2013年の「ものづくり日本大賞」に輝いた。
専務の及川寿樹さん(45)は「日本のものづくりを親子3代で支えていることに価値がある。翔稀君には祖父や父から技術を継承してもらい、将来のプロジェクトの中核に育ってほしい」と期待を寄せた。
(北上支局・野仲敏勝)