着物などの需要減で、低迷が続く和装文化。織物の将来を切り開こうと、伝統工芸の技を駆使し、織物をソファなどのインテリアや内装材として売り出す老舗企業が出てきた。和の雰囲気をストレートに打ち出すのではなく、現代的な幾何学柄などにも挑戦。京都の老舗織物会社「細尾」は、「伝統工芸=和というイメージは、むしろ市場を狭めている」ととらえ、欧州のハイブランド店の壁面を飾る内装にも挑んでいる。(木村郁子)
「細尾」は、江戸時代のはじめ、元禄元(1688)年創業の西陣織の老舗(京都市上京区)。この老舗が「クリスチャン・ディオール」をはじめ、「ルイ・ヴィトン」「シャネル」などハイブランドの旗艦店の壁面を飾る内装やソファ、クッションといった張り布地を手がける。さらに、平成28(2016)年8月には一日一組限定、紹介制高級ホテル「細尾レジデンス」をオープンした。
挑戦は平成18年、取締役の細尾真孝さんの父、真生さんがパリの見本市に西陣織で張ったソファを出品したのがきっかけ。細尾さんは「2年目には西陣織を使ったクッションを出品したものの、限られた数しかオーダーが入らず、渡航費や出品料を考えると赤字。お金をかけて出品するほどの価値があるのか、事業縮小が社内でも議論されていたんです」と振り返る。
しかし、平成20年に大きな転機が訪れた。米ニューヨークで開催された展覧会で帯を出品したところ、建築家のピーター・マリノ氏に目に留まり、ディオールの店舗内装材に採用されたという。
「ディオールに求められたのは通常の帯よりも広い幅にすることでした」と細尾さん。1年かけて幅32センチから150センチまで広げた織機を開発。その後、ディオールの壁面材を実際に見たクライアントから依頼が相次いだ。
海外のマーケットが望むのは日本の伝統的な和柄ではなく、長く培われた技術を使った現代的なデザインの布だった。とはいえ、西陣織は公家や貴族などを顧客に花開いた品で、これは世界のハイブランドと同じスタンスだ。
壁面の内装材やソファなどのインテリア部門の売り上げは、平成21年には2千万円になった。現在は、従来の呉服事業が売り上げの80%で、インテリア部門は20%だが、今後5年以内に呉服事業とインテリア部門をそれぞれ50%にしたいという。
「職人を目指す若者も実際に増えている」と細尾さん。作業が細分化され、地域で受け継がれた伝統は、一度灯が消えてしまえば途絶えてしまう危惧がある。しかし、細尾さんは「こうした挑戦など伝統工芸が多様化することで、職人を目指す若者も増える」と期待を込める。
一方、皇室御用達として親しまれている白生地のメーカー「伊(い)と幸(こう)」(京都市中京区)は、金箔や刺繍を施した白の絹地を板ガラスで挟み込んだ室内装飾材「絹ガラス」を25年に商品化。「よろけ縞」「遠波」「大王松菱」など平安時代から続く伝統的な図柄の刺繍のほか、幾何学的な斬新なデザインの商品は、京都市内をはじめ、東京のニューオータニ幕張やハイアットリージェンシー東京など、高級ホテルの装飾や仕切り材として採用されている。日差しや光が透け、絵柄がきらめく様子は、優美で繊細だ。
「現在も事業の柱は着物ではあるものの、絹ガラスは発表以降徐々に売り上げが伸び、現在は総売り上げの約5分の1まで占めています」と社長の北川幸さん(52)は手応えを感じている。和装だけに留まらず、新たな分野に挑戦することで職人の技の新たな可能性と継続の両方を追求する。