チリンチリン、キーンキーン…。伊万里鍋島焼の里、佐賀県伊万里市・大川内山の「風鈴まつり」に合わせ、オンライン上に開設した「鍋島藩窯風鈴市」。気になる風鈴の画像を選ぶと、デザインや釉薬(ゆうやく)によって微妙に異なる音色が聞こえる。各窯元の風鈴を独自の視点で紹介する「一言コメント」も。「大川内山の踏み込んだ話は絶対に俺しかできない。地元の職人だからこそ細かく伝えられる」
大川内山の5窯元の協力を得て、伊万里鍋島焼のオンラインショップを立ち上げたのが4月末。新型コロナウイルスの影響で大型連休中の「肥前伊万里やきものまつり」の中止が決まり、仲が良い窯元に声を掛けた。販売したのは自身が「これだ」と思ったお薦め品ばかり。職人の目で集めたセレクトショップだ。
6月開設の風鈴市は第2弾。協力する窯元も11にまで増え、自らが選んだ風鈴を画像や音声などで紹介、販売する。今月に入り、ナシや蜂蜜など地元産品と器を組み合わせた「鍋島焼からの贈物」や「夏の器展」も加えた。8月31日までの期間限定だが、将来的には動画も駆使し、秘窯の里とされる大川内山全体を伝えるサイトを作るのが夢だ。
鍋島虎仙窯の3代目。同級生に農家や建設会社の跡取りが多く、窯を継ぐことに違和感はなかった。20歳の8月に虎仙窯に入り、ろくろや絵付けを学び、物作りに励んできた。
転機は2016年。虎仙窯は土産品開発のコンサルティングを受ける県事業の対象に。助言者となった中川政七商店(奈良市)の中川淳会長に出会った。「物作り環境をつくるためには経営も大事だと学んだ」。窯の名を「伊万里鍋島焼虎仙窯」から「鍋島虎仙窯」に変え、自らの肩書を「番頭兼絵師」にした。
今年4月からは、経営にも携わる大川内山の窯元の若手で集まり、定期的に意見交換する。「将来につながるような新しい鍋島焼の産地を確立する土台を作りたい」。美術品として技術を高めるだけでは売り上げには結びつかない。だが、技術を軽視しては最高峰の磁器とされる鍋島の伝統は守れない。悩みは深い。
350年の歴史がある大川内山の窯元は鍋島藩の保護がなくなった明治期には3軒まで減った。現在は30軒あるが後継者は少ない。「20年後には窯元は半分になり、代わりにビルが建って大川内山が変わってしまうかもしれない」
オンラインショップの開設は、愛する秘窯の里の風景や歴史、技術を守る手段の一つ。一職人の挑戦はこれからも続く。