伝統工芸の後継者不足に、新たな救世主が登場

訪日外国人が増えたここ数年、漆器や切子、織物といった、日本の伝統工芸品が海外で高い評価を得るようになりました。これをきっかけに逆輸入のようにして、日本国内でもその価値が見直されるようになっています。そんな注目の工芸品のひとつ和蝋燭(わろうそく)を京都で作り続けて133年の、中村ローソクさんに、和蝋燭の魅力と、伝統を守るためのある秘策についてお話を伺いました。

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癒しを与えてくれる、和蝋燭の1/fのゆらぎとは?

和蝋燭と聞くと、中ほどにくびれがあって赤く色づけされたものや、花などの絵柄が描かれたものを想像する人が多いと思います。それも和蝋燭の特徴のひとつですが、西洋ローソクとの最大の違いはその原料。西洋ローソクの原料が石油系のパラフィンであるのに対して、和蝋燭は櫨(はぜ)の実などから採れる木蝋(もくろう)や、米ぬかから採れるぬか蝋、ミツバチの巣から採れるミツ蝋などの植物性原料です。そのため環境にやさしいというメリットがあります。また、和蝋燭には癒しの効果があると、同社代表の田川広一さん。

「和蝋燭は石油系の原料を使った西洋ローソクに比べて融点が低いため、炎は焚火などのような温かみのあるオレンジ色です。また、芯が空洞状のため空気の流れができて、炎が大きくゆっくりとゆらぎます。風がなくてもゆらいでとても神秘的なんです」(田川さん)

実はこの和蝋燭の「ゆらぎ」には、ある特徴があります。ゆらぎを周波数(frequency=f)を使って分析すると、いくつかの種類に分けられるのですが、和蝋燭の炎のゆらぎは「1/f(エフぶんのいち)」に分類されます。他に1/fの揺らぎに分類されるものは、人の心拍の間隔や小川のせせらぎの音、蛍の光、ヒーリングミュージックなど、人間が心地よいと感じるものだそう。和蝋燭の魅力は、特徴的な見た目だけではなく、人の心を癒してくれるものだということを知らない日本人が多いのは残念だ、と田川さんは言います。

職人の後継者不足を救った「伝福連携」って?

基本的に和蝋燭は和紙にイグサを巻いて芯を作るところから、木型に蝋を入れて固め、整形して絵付けをするまで、すべて手作業で行われています。そのため機械で大量生産できる西洋ローソクにシェアを奪われ、手作りで和蝋燭を作っている会社は、今では国内に10軒程度しかないとのこと。近年、再び注目されるようになったとはいえ、すでに生産する会社が少なくなっていたこともあり、職人の後継者不足は深刻でした。

そんな中、中村ローソクでは京都市がはじめた「伝統工芸」と「福祉」を組み合わせた「伝福連携」の制度を利用することにしたそうです。福祉の現場では、障がい者の就労施設に依頼される仕事は袋詰めなどの単純作業が多く、就労者がやりがいを見つけづらいうえ、工賃が低いという課題がありました。

一方、伝統産業の世界では深刻な後継者不足が問題に。そこでこの二つの課題を同時に解決しようというのが「伝福連携」。働きたい人と、働き手を求める会社のマッチングです。この制度を利用して採用したのが、Aさんという精神障がいをもつ男性。Aさんは2017年に絵付け職人として同社で働きはじめましたが、彼が絵付けしたローソクは他の絵付け師のものと同様に販売されているそうです。

「私はAさんのことを障がいとは関係なく、ひとりの職人として見ています。最初に試しに絵付けをしてもらったところ、とても上手かったんです。ですから障がい者雇用ということではなくて、彼をひとりの職人として採用しました。障がいはその人の個性のひとつでしかないのです」と田川さんは言います。

D&I雇用があたりまえになれば、埋もれたスキルを発掘できる

蝋燭を作る田川広一さん

現在、性別・年齢・民族性・国籍・障がいの有無などに関わらず、多様な人々がお互いを尊重しあうD&I(※)の考え方は、世界的な広がりを見せています。日本でも、特に東京2020オリンピック・パラリンピック開催が決定して以降、D&Iを取り入れようと、さまざまな取り組みをする企業や団体が増えてきました。

しかし、田川さんが障がい者雇用について考えるようになったのはもっと以前。父親が事故で四肢麻痺になったことがきっかけだったそうです。父親の関係で関わった病院や障がい者関連の施設で、能力があるのに障がいがあるというだけで差別されるケースがあるということを知った田川さん。「力を持っているのに、おかしい」と思った田川さんは、自分が採用する場合はそういった差別のないようにしたいと考えたと言います。

「とはいえ、ボランティアで採用するつもりはありません。うちの仕事は技術職ですから、大切なのは能力とやる気。障がいのない人でも、採用を断ることはありますし、辞めていく人もいます。障がいのあるなしは関係ありません」(田川さん)

※D&I(ダイバーシティ&インクルージョンの略)=ダイバーシティとは多様性、インクルージョンとは包括・包含の意。マジョリティ(多数派)やマイノリティ(少数派)を区別せず、あらゆる全ての人を含んだものの見方や考え方。

D&I雇用を現場で浸透させるコツ

本ずつ手作業で蝋燭を成形している

経営者である田川さんがそういう考えを持っていたとしても、職場で一緒に働く社員が同じように考えるとは限りません。現場の皆さんはどう感じているのでしょうか。

「うちでは試用期間中に、現場で指導する人と一緒に働いてもらい意見を聞きます。僕が採用することにしたからと一方的に決めるようなことはしません。毎日一緒に仕事をするのは現場の人たちですから、彼らの意見を最優先します。その上で、一緒にやれそうだということであれば採用します。採用が決まったら、こういう個性(障がい)のある人が来ますというのを事前に現場のみんなに伝えます」

田川さんが事前に話しておくことによって、職場の人たちは「そういう個性の人なんだな」と当たり前のように受け止めてくれていると言います。また、職場では社員みんなで食事をし、楽しいことがあれば、どんどんみんなで共有。ただし、お互いに嫌なところ、直して欲しいと思うことがあっても、直接本人には言わずに、まず田川さんに相談するようにお願いしているそう。

「誰だってソリが合わないということはあるじゃないですか。それを調整するのが僕の役目です。もちろん、やる気と能力があるというのが大前提ですが、みんなが一生懸命働いてくれているなら問題を解決して、作ってくれた蝋燭を売りにいくのが僕の役目なんですよ。それって、一般社会の中で当たり前のことじゃないですか?」

Aさんを採用する以前から、障がいのある人をアルバイトで雇うことがあったという。さまざまな個性の人が、それぞれ能力を発揮して働くという「人ありき」の考えが、D&Iを当たり前のことにしているようです。

時代とともに伝統工芸品も進化する

季節の花を描いたオリジナル商品

同社では絵付け体験ができるワークショップを開催するなど、和蝋燭を広める活動も盛んに行っています。和蝋燭に触れたことがないという若い世代は、新しいものとして興味を持ってくれる人が多いのだとか。そのため、ローソクの絵柄も古典柄ではなく、季節の植物や、ポップな花柄など現代のインテリアにマッチしたものもあります。

「伝統工芸品といっても使うのは現代人ですから、昔のものを昔のまま作っていたら、消費者に受け入れられずにみんな廃業してしまいます。伝統工芸品だって、商品も働く人も、考え方も時代に合わせて進化する必要があると思うんです」と言う田川さんにとって、障がいのある人を後継者として迎え入れるという取り組みも、まさにこれからの時代にマッチしたもので、自然の流れだったのかもしれません。

「福祉の面から考えると、障がいのある人を何人雇用しなくてはいけないとか、数字の話になってしまいがちです。でも、多少個性的であったとしても、この人なら仕事を任せられる、職人になれる可能性があるというふうに人を見ることが大事ですし、それが当然のことじゃないでしょうか。障がいのある方も、きちんと向き合うとすごくいい仕事する人がたくさんいますから」と田川さん。D&Iを社会に広めていくための大切なことを教えてくれました。

伝統工芸の世界では後継者不足により残念ながら廃業を余儀なくされる会社が少なくありません。そんな中、同社は障がいのある方を後継者として採用したり、ワークショップを開催したり、ギフトや記念品に最適なオリジナルの絵柄を入れられるオーダーメイド蝋燭を販売したりと、時代にあった新たな試みをすることで伝統を守り続けています。守りたいものだからこそ、新しい考えや方法を取り入れて進化していく。そんな柔軟さが、これからの時代の企業には必要なのかもしれません。

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