特徴・産地
天童将棋駒とは?
天童将棋駒(てんどうしょうぎこま)は山形県の天童市、山形市、村山市で作られいる将棋駒です。天童の将棋駒生産は江戸時代から始まったと言われており、今では天童の将棋駒生産量は、国内の将棋駒生産量の多くを占めています。
天童将棋駒の特徴は、天然の漆を用いた黒く輝く躍動感ある文字にあります。伝統的な天童将棋駒は、草書体の文字を木地の表面に直接漆を書き込んだ「書駒(かきごま)」です。戦後からは楷書体が用いられるようになり、今ではその数150とも言われる豊富な書体で文字が書かれています。
彫り方についても、本来の伝統の「書駒」だけでなく木を彫った部分に漆を塗った「彫り駒」や、漆を生地より盛り上げて作る「盛り上げ駒」が普及し、現在は「書駒」の生産は非常に少なくなっています。また、表情の豊かな駒木地の木目も天童将棋駒の魅力です。
材料には、ホオノキ、ハクサンボウ、ツゲ、イタヤカエデなどが使われており、中でも伊豆七島の御蔵島産のツゲが最高級品とされ珍重されています。木目の美しさは価格にも反映され、40枚全ての木目や材色が揃えられた駒は特に高値が付けられます。
歴史
将棋は古代インドで発祥したとされ、奈良時代に日本に伝わりました。安土桃山時代の末期には日本の将棋駒づくりが本格的に始まり、黒漆を用いて書く「書駒(かきごま)」が確立したと言われています。
天童で将棋駒を作るようになったのは、将棋が庶民にも浸透していた江戸時代後期です。財政難に苦しんでいた天童織田藩は立て直しのために米沢藩から駒づくりの技を学び、天童の伝統となる「草書体の書駒」の基礎を築きました。
天童の駒づくりが本格的な産業となると、旧藩士が木地師や書き師として分業で天童将棋駒を生産し、たちまち天童は、国内における将棋駒の大量生産地の一つとして有名になりました。大正時代になると駒木地の機械化、また、子どもたちも駒の書き手になるほど、天童の駒づくりが盛んになり、昭和初期に入ると、「押し駒(スタンプ駒)」の導入によって、大阪を上回る全国一の生産量になりました。
「押し駒」と「書駒」の生産は、1955年(昭和30年)をピークに衰退し、その後は「彫駒(ほりごま)」が主流とがなりました。1965年(昭和40年)頃には、「彫埋駒(ほりうめごま)」や「盛上げ駒(もりあげごま)」などの、高級な駒の研究や生産が行われるようになり、「書き駒」「彫り駒」「彫り埋め駒」「盛り上げ駒」の4つの天童将棋駒が、1996年(平成8年)に国の伝統的工芸品指定を受けています。
制作工程
1.駒木地づくり(乾燥~大割り)
駒木地づくりでは丸太材を駒の形に加工します。駒の原木は何年もかけて十分に乾燥させ、寸法に狂いが生じないようにすることが必要です。木地師(きじし)は原木の丸太材を駒の高さに合わせて輪切りにする「玉切り(たまきり)」を行った後に、木目に沿って割る「大割り」と呼ばれる作業を行います。駒の原木には「つげ」や「楓」などがありますが、指し駒に適した原木とされるのは「つげ」です。つげは木目の美しさと適度な堅さ、また、長年に渡って使い続けられる強度も兼ね備えています。特に、御蔵島産(東京都)や薩摩産(鹿児島県)の本黄楊(ほんつげ)は最高級の駒に用いられるものです。
2.駒木地づくり(荒切り~小割り)
駒の外周部を「駒切りナタ」で削ってから、一枚の駒に切り離す工程です。「荒切り(あらぎり)」は将棋駒の幅にするために駒木地の両側面を削り、底になる部分を平らにして、上方を山形に削ると駒独特の形になります。その後に行う「小割り(こわり)」は駒の厚みに合わせて将棋駒を一枚ずつ切り離す作業です。駒木地づくりは木目が同じようなものを40枚選んで五角形の駒に切りそろえますが、木地の木目が極めて重要になるため木地師の手作業に代わるものはないと言われています。
3.字母紙貼り(じぼしはり)、彫り、目止め
字母紙貼りは字が書かれた紙を駒木地に貼り付ける作業です。字母紙を貼り付けたら駒を「駒彫り台」に固定して印刀(いんとう)で文字を彫っていきます。熟練した彫師が行う「透かし彫り」と呼ばれる技法は字母紙を貼らず、駒を直接掘っていく技法です。目止めとして彫った溝に膠(にかわ)や柿渋(かきすぶ)などを塗りますが、近年はボンドで代用することが多くなりました。
4.漆入れ、研出し(けんだし)、瀬戸引き
彫った溝に漆を塗っただけの駒は「彫駒(ほりごま)」と言われ、手彫りと機械彫りがあります。「彫埋駒(ほりうめごま)」と呼ばれる駒は彫った溝を錆漆(さびうるし)で完全に埋めた駒です。漆は乾くと沈着をする性質があるため、錆漆による彫り埋めの作業と乾燥を表面が平らになるまで繰り返します。彫り埋めの作業に要する時間はおよそ一ヶ月です。研出しは駒の表面を砥石でていねいに研ぎ、さらに磨きます。彫埋駒の最後に行う瀬戸引きは瀬戸物で表面を磨き上げる作業です。
5.盛上げ駒(もりあげごま)
盛上げ駒とは駒の文字を浮き立たせた駒です。彫埋駒の文字の上に蒔絵筆(まきえふで)を用いて幾重にも文字を重ねて浮き立つようにします。しかし、漆を一度に厚く塗ることはできないため、塗る作業と乾かす作業を何度も繰り返すことが必要です。盛上げ駒はプロ棋士の対局にも用いられる最高級品で、漆を均一に乗せつつ立体的にするには盛り上げ師の卓越した技を必要とします。
6.書駒(かきごま)
書駒は駒木地に黒漆で文字を直接書いた駒です。小さな駒に粘り気の強い天然漆で文字を書くのは容易なことではなく、熟練の技を要します。しかし、技を極めた書き師は一枚の駒を数秒の早さで書き上げ、書かれた文字は多くの人を魅了する美しさです。書体には楷書と草書があり、天童では草書体の書駒が伝統として作られています。