特徴・産地
松本家具とは?
松本家具(まつもとかぐ)は長野県松本市周辺で作られている民芸家具です。この地では、江戸時代より300年もの間和家具作りが盛んに行われてきました。
戦後の混乱期に一時休止状態に陥っていた和家具作りを、池田三四郎が洋家具の技術を取り込むことで現在のようなあたたかみのある和洋家具へと発展しました。
松本家具の特徴は、木目調の美しさや木の温もりばかりでなく、伝統的に守られてきた「組手接手(くみてつぎて)」の技法です。国産のミズメザクラ、栃、楢、欅などの無垢材を巧みに組み接ぎ、幾重にも塗られた仕上げの拭き漆によって、重厚感と落ち着きを与えています。特に椅子は特筆すべきもので、イギリスおよびアメリカの開拓使時代のウインザーチェアを手本に作られており、松本家具の象徴ともいえる逸品です。
堅牢で耐久性に優れ、使えば使うほどに愛着の湧く松本家具は、現在でも新しさと懐かしさを備えた家具として広く愛されています。
歴史
16世紀半ばに松本城下町で生産がはじまった松本家具は、江戸時代に入ると庶民の生活の中にも浸透しはじめました。その後大正時代の末には日本有数の和家具産地として繁栄しますが、戦中戦後の混乱期に一時生産休止を余儀なくされてしまいます。
そして1948年(昭和23年)、民芸運動家柳宗悦の講演を聴いた池田三四郎が、民芸家具として松本家具を復興させるべく、かつての木工職人たちを指導しはじめます。木匠安川慶一や陶芸家の濱田庄司、河井寛次郎などが職人の育成に携わり、1953年(昭和28年)にはイギリスからバーナード・リーチが来日してウインザーチェアの製作を指揮しました。
こうした民芸運動の先達が礎を築き、松本家具は1974年(昭和49年)に当時の通産省によって家具分野では全国に先駆けて伝統的工芸品に指定を受けます。その製品バリエーションは現在では選数百にものぼり、今なお愛好家たちを魅了しています。
制作工程
1.木材
松本家具の製作は、木材を選ぶところからはじまります。主用材として使われるのはミズメザクラで、ほかに楢、栃、欅など国産の落葉高木を材の特徴や木目の美しさなどに照らして家具のどの部分に使うのか丁寧に選り分けます。
2.天然乾燥
選定された木材は製材所で切り分けられた後、天然乾燥します。木材の種別、厚みによって浅積、積み替えを行いながら約6ヶ月間乾燥させ、含水率を30%以内まで落とします。特に厚みのあるものは2年、5年、長いものでは10年野積みして自然乾燥をさせます。
3.人工乾燥
天然乾燥で含水率が30%以内まで落ちつた木材に人工乾燥を施します。基本的に同じ種類の木材を積み込み、乾燥機で70〜80時間かけて調整乾燥を行うと、含水率は30%から8〜9%まで低下します。その後、家具としての使用に耐えられるよう、1ヶ月ほどシーズニングをします。
4.図案設計
松本家具は職人の手によって1枚1枚手書きされます。下絵から縮図、原寸図、詳細図を丁寧に書き起こし、それをもとに型紙、型版を作ります。このとき、家具そのものだけでなく、家具が実際に使われる場面や生活の中に調和するかどうかを思い描きながら図案を引きます。設計図の中で重要な部分については実物の型を作って検討することもあります。
5.木取加工
図案設計が終わるといよいよ木取加工を行います。まず、木取職人が家具の用途にあった木材を選び、墨付けをします。木取加工の段階では、木材の横と縦、曲線から厚み幅の小割まで作業をします。
6.錺(かざり)金具
一方で、家具に取り付ける錺金具の加工をします。原料となる銅や鉄を型紙、型版に従って切断しある程度形を整えたあと、手鑢をかけて丁寧に完成型にします。抽斗の引手部分など特殊な形のものは火造りで形が出されます。いずれも、漆や真綿の焼き付けで着色し、ロウで磨き上げることによって輝きを放ちます。
7.木地加工
木取りされた木材を実際に組み立てられる状態にするのが木地加工で、これは松本家具職人の間に伝統的に受け継がれる技法によって接手と組手を作る工程です。家具の各部位には、「違胴付留ホゾ差鯱栓接(ちがいどうつきとめほぞさししゃちせんつぎ)」、「腰付鋲ホゾ接割楔内(こしつきびょうほぞつぎわりくさびうち)」、「前留蟻組接(まえどめありくみつぎ)」など、それぞれに適した組接技法が用いられます。
8.組立加工
家具の各部位に接手と組手がつけられたら、仮組に入ります。仮組は本組の前に必ず通る重要な工程です。本組に入ると、組手と接手の不具合や不良加工部分が露見しても、調整加工をすることができません。そのため、仮組段階でのチェックはより入念になされます。一通り調整が済んだら糊付けして本組を行い、目地払をして木地ができあがります。
9.塗装
組立加工で家具の形が出来上がると、塗装職人によって塗装が施されます。ラッカー塗装、拭漆塗の2種類の加工方法がありますが、耐久性に優れる拭漆塗が主となっています。塗装は手塗りで最低でも8回は重ね塗りをしますが、これだけの手間をかけることによって長年の使用にも耐える美しさと、味わい深さが出るのです。
10.仕上加工
最後は家具を仕上加工します。錺金具やろくろ挽部材を施し、扉や抽斗などの各部位を取り付けて加工は完成します。そして、機能の点検や最終調整を行い拭き上げをすると松本家具の出来上がりです。