岡山市出身の漆芸家で、讃岐漆器の代表的技法の一つ「蒟醬(きんま)」の人間国宝・太田儔(ひとし)さんが18日、88歳で亡くなった。折しも同市で開催中の第66回日本伝統工芸展(県立美術館、日本工芸会、朝日新聞社など主催)には、太田さんの作品が出展されている。多くのファンがその精緻(せいち)な技に驚き、惜しむ声を送る。会期は12月1日まで。
27日、会場の県立美術館(同市北区天神町)を小野邦夫さん(88)が訪れた。太田さんと小学校の同級生だったという。新聞で死去を知り、足を運んだ。黒いリボンの添えられた「籃胎(らんたい)蒟醬箱『さくら』」の前で足を止め、じっと見入った。
展覧会の会場で会い、旧交を温めていた。20年ほど前に太田さんの高松市の工房を訪れ、もらった香合を今も大切にしているという。「戦後の混乱期に苦労して学び、人間国宝になった。地元で講演をしてもらったこともある。残念だ」と惜しんだ。
太田さんは1931年、吉備郡高松町大崎(現・岡山市北区大崎)に生まれた。53年、当時岡山大教授だった磯井如真さんの内弟子となり、漆芸を学んだ。60年に岡山大を卒業後、高松市に拠点を移した。中学校や高校などで教えながら研鑽(けんさん)を積み、83年に香川大教育学部教授に。日本伝統工芸展には65年の第12回展で初入選して以来、毎年のように出品を重ねてきた。
古い文献と作品の研究を重ね、竹で編んで漆器の素地にする「籃胎」の技法を現代に復活させた。漆の地に彫刻刀で模様を彫って色漆を埋め、平らに研ぎ出す伝統的な手法「蒟醬」を研究。94年に人間国宝に選ばれた。縦、横、斜めの布目状に刻んだ文様に色漆を埋め込むことで、絵画のように鮮やかな色彩表現を可能にする「布目彫り蒟醬」も創案した。
最後の出品作となった「籃胎蒟醬箱『さくら』」は奥行き30センチ、幅12センチ、高さ8センチ。黒地に色漆で桜や細い線が表現されている。県立美術館の学芸員・福冨幸さんは「籃胎という見えないところに非常に手がかかっている。身近な自然を写生した作品が多く、多彩な色漆使用の先駆者。今回の作品もさくらの花びらやつぼみ、がくをグラデーションをつけた優しい色みで表現している。非常に高い技術が必要だ。ぜひ多くの人に見てほしい」と話している。