乳酸菌による健康食品など新規事業を次々と展開する老舗和菓子店の船橋屋(東京・江東)は、5人の採用枠に1万7000人の就職希望者が押し寄せた超人気企業。社員のやる気が新規事業の原動力になっている。何が若者を引き付けるのか。
ユニークな発想とちょっとした工夫で新商品やサービスを開発し、成功している中堅中小のイノベーター企業を追う本連載。今回は、創業214年の老舗和菓子店、船橋屋の後編。健康食品など新規事業を次々と展開している船橋屋は、就職希望の大学生に人気の企業だ。若者のやる気が、さまざまな新規事業の原動力になっていることは間違いない。だが、渡辺雅司社長が船橋屋に入社した26年前は、茶髪とパンチパーマの職人たちが好き勝手に働いている状況だった。
渡辺社長は大学を卒業後、銀行に就職した。船橋屋に入社したのは1993年。6代目の祖父が余命1年と宣告されたことをきっかけに、家業を継ぐことを決意。ただ、その当時の船橋屋は、経営的に改善すべき問題が山積みだった。
「職人たちは昔ながらの製法を守り、仕事は真面目に行っていた。しかし、自分の仕事が終わると就業時間中でも酒盛りを始め、材料の仕入れ価格も取引業者のいいなり。職人同士のけんかも多かった」と渡辺社長は振り返る。社内改革に着手したが、それからの7~8年間は「戦い」のような日々が続いたという。
まず、昔ながらの体質を変えるために、取引業者を入れ替えた。「実勢価格よりも高く取引していた業者とは値下げの交渉をして、合意できなければ古くからの付き合いだったとしても断ち切った」(渡辺社長)。
次に、職人たちの感覚で行っていた仕事を数値化。品質マネジメントシステムISO9001の認証取得を名目に、職人たちの仕事を管理したという。その結果、業績は伸びたが、離職者が続出。残った社員も覇気がなかった。「血の通っていない組織の中にルールと仕組みだけを入れたので、社員のモチベーションは下がる一方だった。前向きに仕事をしている社員は、1人もいなかったと思う」(渡辺社長)。そんな状況から、就職希望者が殺到する企業になったのはなぜか。
渡辺社長は、仕組みやルールを変えるだけでは社内改革が進まないことを痛感。働く人たちの情熱を引き起こすことが、何よりも大切だと気付いたという。「偉人と呼ばれる経営者の著書や経営哲学の本を読んだり、セミナーや研修に参加したり、経営者に必要なことを手当たり次第に学んだ。その結果、問題は私自身にあると分かった。これまでの考え方を改め、まずは社員が自然体で働ける環境をつくることにした」(渡辺社長)。