西陣織老舗である細尾(京都市)の12代目、細尾真孝さん(41)。西陣織の技術を生かした生地を、高級ブランド旗艦店向けに内装材として販売する事業を成功させ、次世代の西陣を担うリーダー格とも目される。破天荒な経歴を経て家業を継いだ。
生家は京都市上京区の西陣地区にあり、幼い頃から織機の音を聞いて育った。「クリエーティブな仕事をしたい」との思いから、パンクバンドで音楽活動をしたり、上海のキャンディー工場跡地で独自にアパレルブランドを立ち上げたりしていた。
京都に戻ったのは、細尾が海外での西陣織展開をもくろんでいると知ったから。だが細尾入社当時、海外展開についてはすでに「やめよう」というムードが社内に広まっていた。毎年欧州の展示会に出品していたが、投資ばかりかさんで手応えがなかった。
好転するきっかけとなったのは2009年の米国・ニューヨークの展覧会。西陣織の帯が建築家ピーター・マリノ氏の目に留まった。金箔・銀箔を生地に織り込む西陣織の技術は世界にも類を見ない。独自の質感が世界に認められた。依頼を受けて作った生地がクリスチャン・ディオールの旗艦店の壁紙などに採用となった。
海外に展開するにあたり伝統的な図柄にこだわっていたが、実際には需要があるのは現代的で室内のインテリアに調和するデザインだ。以来、シャネルやルイ・ヴィトン、リッツ・カールトンなど店舗やホテルの内装材に次々採用が決まっていった。
高級ブランド向け内装材の企画販売は軌道に乗り、現在では細尾の主な事業の一つだ。19年にはオリジナルブランドを立ち上げた。
自社で開発した生地を使ったソファやクッション、靴などを取り扱うオリジナルブランド「HOSOO」を立ち上げた。本社の改装に際し、もともとは全フロアを和装卸事業に充てていたが、1~2階をHOSOOブランドの旗艦店に変えた。本社は「ホテル用地として売ってほしい」という誘いも受けたが断った。
HOSOOのインテリア製品は、100種類以上ある生地から選んでもらい仕立てる。価格はソファで85万円から。靴が6万8000円から、ポーチが1万3000円からと若い人でも頑張れば手が届く価格を意識した。
伝統産業からラグジュアリーブランドに成長した代表格といえば、馬具工房から始まったエルメスだろう。成功の背景には職人の技術への敬意がある。だが日本では職人の地位が低い。職人の技術を付加価値にしたブランドは、職人の待遇改善にもつながる。
京都では天皇家や公家、将軍家が1200年にわたり金や時間に糸目をつけずにひたすら美を求め、その結果、繊細な伝統工芸が数多く生まれた。代表格である西陣織は一人の職人の手では完成しない織物だ。
各工程が細かく分業化され、地域の職人の協力なくしてあり得ない。伝統工芸が根付く京都でしか生み出せない美がある。この文化を続かせるためにも、地域の職人にしっかりお金が行き渡るようにする必要がある。
西陣織の市場は最盛期の10分の1。しかし、やがて伝統産業の復権の時代が来ると予見する。
大量生産の時代が行き詰まりサステナビリティー(持続可能性)への関心が強まっている。身近な衣類や家具などで良い物を長く使おうと思う人が増えれば、伝統産業製品の美に目がいくはずだ。保守的と思われがちな伝統産業は、実際には最もクリエーティブで最先端だ。細尾の工房に15人いる職人の8割は20~30代。裾野を広げ、京都の職人の網を未来につなげたい。