ブランド工芸の絶滅防げ ブロックチェーンで作家支援

陶器や漆器、木工などの伝統工芸品(ブランド工芸品)は日本の文化を海外や後世に伝えるアイテムだ。しかし制作に手間がかかる割に購入者は少なく、担い手不足も深刻。この逆境に商機を見いだし、工芸家を支援するスタートアップが出てきた。ブロックチェーンや人間工学、サブスクリプション。伝統工芸とは無縁に思える最先端の手法を繰り出している。

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高まる模倣のリスク

博多人形は福岡県で約400年の歴史があり、素焼きした粘土に職人が色を塗り「美人もの」や「歌舞伎もの」の人形に仕上げる。人形師の家の4代目、中村弘峰氏(33)は野球など様々なアスリートに見立てた博多人形などを発表し、斬新な作風で評価が高い。

そんな中村氏が伝統工芸の課題に挙げるのが模倣品の横行だ。「個性が強ければ強いほど、模倣のリスクも高まる」(中村氏)。以前はギャラリーでの販売が多かったが、最近はネット取引も多い。偽物をなくすには、どうすればいいのか。

そんな工芸家の悩みを解決しようと動き出したのが美術品取引支援スタートアップのスタートバーン(東京・文京)だ。ブロックチェーンの技術を使い、作品の購入者にデジタル証明書を発行する取り組みを始めた。

文化施設や商業施設の内装デザインを手掛ける丹青社と組んで5月に始めた売買サイト「B-OWND(ビーオウンド)」では、中村氏ら10人が作った約80点の伝統工芸品を扱っている。利用者がネット上で作品を購入すると作品名やサイズ、著作権者、取引履歴などを明記した証明書が送られてくる仕組みだ。

この証明書はスタートバーンが公開している分散台帳システム「アート・ブロックチェーン・ネットワーク」で管理する。外部から改ざんできないため、消費者は偽物リスクを避けて買い物ができる。ただし同社がブロックチェーンを使う意味は、それだけではない。

売買履歴が明確に残る特徴を生かし、工芸家から作品を買った顧客が他人に転売した場合も作者に収入が生まれる仕組みをつくったのだ。工芸家は作品をサイトに登録する際に「2次流通の際は販売価格の10%を著作権者が受け取る」といったルールを決められる。

転売でも作家に収入

スタートバーンの施井泰平最高経営責任者(CEO)の本当の狙いは、こちらにある。自身も多摩美術大学の絵画学科を卒業した現代芸術家。「作品の価格設定は難しい。制作直後は無名でも後年に高い評価を得た場合、作者に還元できる仕組みは作れないだろうか」。こう考えて2014年にスタートバーンを創業した。ブロックチェーンの技術は海外からエンジニアを集めて構築した。

ビーオウンドには2万円から330万円まで幅広い価格の作品が登録され、すでに数十点が売れた。人形作家の中村氏は「いまはまだ珍しいブロックチェーンだが、工芸品の売買インフラになり得る技術だ」と話す。

伝統工芸の環境は厳しい。伝統的工芸品産業振興協会(東京・港)によれば国が指定する232種類の伝統的工芸品の生産額は、1983年度には5400億円だった。これが2016年度は960億円。ほぼ6分の1まで落ち込んでいる。

消費者の生活スタイルは30年余りで大きく変わった。大量生産の安価な日用品が生活の隅々に浸透し、伝統工芸品の主要な販路だった百貨店もネット通販に押されて厳しい。消費者が離れていったことで担い手が減り、後継者不足も深刻だ。

「このままでは未来はない」

「若者と接する環境をつくらなければ、伝統工芸に未来はない」。伝統工芸品を企画販売するスタートアップ、和える(東京・品川)の矢島里佳社長の危機感は強い。全国の職人を訪ねる記事を書いたのをきっかけに慶応大の学生だった11年に起業したが、伝統工芸品に触れた経験を持つ友人はほぼ皆無だった。

ここで矢島氏は若者に照準を絞らず、あえて「長期戦」を仕掛けることを決める。発想は「人生の始まりから押さえてしまおう」だ。対象年齢が0歳からのブランド「aeru」を設立した。

そして全国の工房に協力を呼びかけた。津軽塗職人の小林正知氏(33)は、当初は「ベビー用品なんて売れるのか」と疑問だった。しかし矢島氏の未来像と発想力に触れ、参加を決めた。現在では津軽塗や徳島県の大谷焼など十数種類の器やコップなどをそろえる。

こだわったのは職人の技と先端技術の融合だ。「こぼしにくい器」では人間工学に基づいて内側の最適な場所と角度で返しを設け、赤ん坊がスプーンで食べ物をすくいやすいデザインにした。これを工芸家が一つ一つ手作りで仕上げる。

和えるは完成した器やコップを買い取り、直営店や自社サイトで売る。価格は税別4500円からと高価だが、器だけで累計4万個を販売した。最近は幼稚園や保育園での採用も進んでいる。

同社は創業から8年だが「ようやくスタートラインに立ったところ」と矢島社長は話す。「伝統工芸の商機は大きいが、目先の利益を追う会社には合わない」。和えるの長期戦の成否が分かるのは、同社の食器を使って育った赤ん坊たちが若者世代になったときだ。

伝統工芸品には変えてはならない制作の作法や慣習、人材育成の手法がある。一方で商品企画や販売などは顧客にあわせて革新しなければ、先細りを止められない。

スタートアップの存在意義の一つが社会課題の解決だ。短期的な収益や成果を求める企業には不向きだが、腰を据えて取り組む覚悟があれば「未開拓」の分野でもある。スタートアップが意外な業種と組んで化学反応が起きる場合は多い。伝統工芸の「絶滅」を避けるためにも、工芸家との連携が持つ意義は大きい。

サブスクで導入のハードル下げる

伝統工芸品を取り入れてもらうには、まず「サブスク」から。そんなサービスも6月に始まった。カルチャー・ジェネレーション・ジャパン(東京・中央)が都内の飲食店向けに始めた伝統工芸食器の定額課金サービス「クラフタル」では、月3万~5万円で季節に合わせた食器30~50点を選んで借りられる。

佐賀の有田焼や京都の清水焼、江戸切子といった全国15産地の陶器や漆器、ガラス製品が対象。購入には数万円が必要な有名作家の皿もあるという。

和食店で季節ごとの食器をそろえると30万円程度が必要で、使わない時期の保管場所も課題となる。「和食だけでなくフレンチの店からも引きあいが来た」(カルチャー・ジェネレーションの堀田卓哉代表取締役)という。2021年3月までに100店の利用を目指す。

動画を使って伝統工芸品のマーケティングを支援するのはニューワールド(東京・港)。陶器や金属食器700点を扱う自社の電子商取引(EC)サイト「クラフトストア」では、商品が完成するまでの過程を動画や写真で見せる。利用者の7割が25~35歳という。八木創平執行役員は「こだわったものを使いたい主婦層に受け入れられている」と話す。

同社に出資するフューチャーベンチャーキャピタルの中沢篤氏は「海外の高級品需要は大きく、日本の伝統工芸もブランド化できれば海外市場は広がる」と話している。海外や訪日外国人への売り込みなど、新市場の開拓ではスタートアップが活躍できる場面が多そうだ。

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