政府は秋の褒章受章者を3日付で発令する。群馬県内からは黄綬褒章7人、藍綬褒章6人の計13人の受章が決定。縁起物としておなじみの「高崎だるま」で知られる玩具製造業の大門屋物産社長、中田純一(すみかず)さん(67)=高崎市=は黄綬褒章に選ばれた。だるま作り一筋で歩んできた中田さんに受章の喜びを聞いた。(橋爪一彦)
「大変なことになったというのが実感。責任の重さを考えると、うれしいなんて軽々しく言えない」と謙虚に語る。
物心がついた頃から、だるまに囲まれて育った。大学を卒業後、迷うことなく父親が営む大門屋物産に勤務した。
だるま作りは、白塗り、赤塗り、顔塗り、白目入れ、鼻口入れ、金文字入れ、ひげ描きなど全工程が手作業だ。一瞬たりとも気が抜けない。高品質にこだわり続けた。
その甲斐あって、高崎だるまは平成5年度に県ふるさと伝統工芸品に、12年度に自身も県ふるさと伝統工芸士に認定。18年には高崎だるまが商標登録された。
「伝統工芸品として生き残るためには、利益を出さないと将来がない」
だるま作りの見学と販売を兼ねた店舗を作り、温泉地を訪れる団体客の誘致に成功。ピーク時は、バスでやってくる観光客にだるまが飛ぶように売れた。
選挙でおなじみの「必勝だるま」を全国に出荷したこともあったが、時代の流れとともに売り上げが減少。JR高崎駅前の正月の風物詩「高崎だるま市」で新たな販路を開いた。
「海外からの観光客にだるまを売ろう」
国内販売に行き詰まりを感じ、中国、欧州、オーストラリアなどへ積極的に宣伝に出掛けた。仏教徒が多いアジアでは好感が持たれ、イスラム教徒には玩具としてPR。欧米人からは、筆で描き出す手作りの技術が高く評価された。徐々に宣伝効果が出て、海外からの客足が増えてきた。
店舗には中国の団体観光客やシンガポールの女性グループなどが訪れ、「1週間のうち5日くらいは外国語だけが飛び交うような状態」という。
「いつの日か、この周辺が『だるま町』と呼ばれる日が来ることが私の希望です」。そう目を輝かせた。