山桜の皮で綴じる、本物のせいろ。東京・中野区の曲物職人 大川良夫さん
蒸し料理に欠かせない「せいろ」や、こし器の「裏ごし」。今ではホチキス留めの製品が主流ですが、東京都中野区には、昔ながらの山桜の皮だけで綴じる曲物を作り続けてきた職人がいます。
それが、有限会社大川セイロ店の2代目・大川良夫さんです。大川セイロ店は、東京で伝統的な製法と材料を守って曲物を作る唯一の工場として、長く知られてきました。

- 曲物(まげもの)とはどんな工芸品か
- 大川セイロ店がホチキスを使わず山桜にこだわる理由
- 名前を出さずに世界で使われている大川さんのせいろ
- 大川セイロ店だけが作る「馬毛織りの裏ごし」の物語
曲物(まげもの)とは?木肌の美しい伝統の器
曲物とは、檜(ひのき)や杉などの薄く削った板(柾目・板目)を、丸型や小判型に曲げて作る木製の容器です。「檜物(ひもの)」とも呼ばれます。
白木の美しい木肌と、ほっとするような柔らかな手触りが魅力。700〜800年前から弁当箱や膳、盆、菓子器、花器、茶道具などに使われてきました。せいろやふるい、裏ごしも曲物の仲間で、今も日用品として暮らしの中で愛用されています。
曲物職人・大川良夫さんのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 大川良夫(おおかわ よしお)さん |
| 生まれ | 1941年、東京都中野区出身 |
| 肩書 | 有限会社大川セイロ店 代表/曲げ師(引退) |
| 取り扱い | せいろ・ふるい・裏ごしなど曲輪加工品一式の製造卸 |
大川さんはセイロ店の2代目。天然素材だけで作る曲物は海外からの注文も多く、その品質は高く評価されています。
馬毛を使った裏漉しは、大川セイロ店でのみ作られています。
ホチキスを使わない。山桜の皮で綴じる製法へのこだわり
口に入るものだから、天然素材で作りたい
大川セイロ店のせいろは、今も昔と同じ材料・製法で作られています。最大の特徴は、板の継ぎ目をホチキスではなく山桜の皮で綴じていることです。

ホチキスのほうが効率よく作れて安く売れるため、多くの工房はそちらに移りました。一時期はビニールで綴じた製品も出回ったといいます。合羽橋でも、大川さんのせいろを扱っているのは1軒だけだそうです。
大川さんはホチキスを否定しているわけではありません。「口に入るものだからこそ、天然の素材で、安心・安全なものを使ってほしい」。その思いから、手間がかかっても山桜にこだわり続けています。山桜で綴じたせいろは修理ができるのも大きな利点です。
年に一度きり。奈良での山桜の皮の買い付け
山桜の皮を扱っているのは、現在、奈良県の1軒のみ。毎年10月になると全国の職人が直接足を運び、自分で皮を選んで買い付けます。大川さんも毎年この時期に奈良へ向かいます。
山桜の皮はせいろだけでなく、樺細工など他の伝統工芸にも欠かせない材料です。買い付けは年1回きりのため、ここで手に入らなければ1年間ものづくりができなくなります。皮が取れず買い付けできなかった年もありましたが、前年に多めに仕入れていたおかげで、なんとか製作を続けられたそうです。材料が足りなくなった他の職人から「分けてもらえないか」と頼まれることもあるといいます。
腰を痛めながら続ける、2か月の下処理
採ってきたばかりの皮は表面が汚れていて、そのままでは使えません。鉄のヘラのような道具で削って整えます。仕上がりの厚さは職人の好みによって異なります。
大川さんが1年で使う皮はおよそ12キロ。削る作業には丸一日かかり、腰がとても痛くなる重労働です。大川さんは一度にまとめて処理するため、下処理だけで約2か月を費やします。
名前は出なくても、世界中で使われる大川さんのせいろ
ヨーロッパで見つかった「大川のせいろ」
大川さんのせいろは卸売センターやデパートで販売されていますが、「大川」の名前はどこにも出ていません。卸は職人の名前を表に出さないという昔からの慣習があるためです。
以前テレビ番組がヨーロッパで流通している日本製のせいろを調べたところ、それが大川さんの作ったものだったそうです。本人の知らないところで、世界中の台所で使われています。
よく見ると「大川」と読める専用シール

名前を出せない代わりに、大川セイロ店には専用のシールがあります。一見するとSL(蒸気機関車)のようなデザインですが、よく見ると「大川」と書かれているのです。
大相撲や時代劇でも活躍する柄杓・桶
大川セイロ店では特別な柄杓(ひしゃく)も手がけています。大相撲で力士が力水を汲む柄杓や、成田山新勝寺、時代劇などでも使われています。
時代劇の小道具として桶も製作しており、NHKの時代劇で曲物の指導を務めたこともあります。時代劇で使う首桶の製作を頼まれたこともあるそうです。
大川セイロ店の代名詞「馬毛織りの裏ごし」

途絶えかけた技術を、3年かけて習得
大川セイロ店を代表する製品が、馬毛織りの裏ごし(裏漉し)です。これを作れるようになったのは、大川さんの奥さまとお姉さまの試行錯誤のおかげでした。
馬毛織りは、かつて日本海側の農家が冬の内職として作っていたものです。しかし雪の季節でも外へ働きに出られる時代になると、ある時を境に作り手がいなくなってしまいました。仲間との電話でその話をしていたとき、「私が作る」と名乗りを上げたのが奥さまでした。
馬毛織りができる大平先生に教わり、その様子をビデオに撮って何度も練習。「こんなの売り物にならない!やり直し!」と夫婦喧嘩をしながら、約3年かけてようやく形になったそうです。
馬毛探しにも苦労
技術を身につけても、今度は理想の馬毛が手に入りません。中国大使館やそこで紹介された会社、バイオリンの製造会社にまで問い合わせ、最終的には伝統工芸仲間の筆屋さんから紹介された会社で購入できました。
2015年8月には中国でも馬毛の裏ごしの生産が終了。今、馬毛の裏ごしを作れるのは大川さんの奥さまとお姉さまだけになりました。
指で叩くと太鼓のように鳴る、張りの良さ
直径7寸(約21cm)の裏ごしは、製作にほぼ1日かかります。
張った網を指で叩くと、太鼓のように澄んだ音が響きます。中国製のものとは音がまったく違うそうです。この張り具合こそが使い心地を左右する、丁寧な手仕事の証です。
修理しながら20〜30年。まさに『一生モノ』だった大川さんのせいろ
「採算が合わない」という理由で修理を受けない工場が多い中、大川さんは「長く使ってほしい」という思いから修理も引き受けてきました。
きちんと手入れをすれば20〜30年使える大川さんのせいろ。お手元にある方は、ぜひこれからも大切に使い続けてください。
大川良夫さん、長い間ありがとうございました
ホチキスのほうが早く安く作れる時代にも、「口に入るものだから」と山桜の皮にこだわり続けた大川さん。名前が表に出ることはなくても、そのせいろは日本だけでなくヨーロッパの台所でも使われてきました。
途絶えかけた馬毛織りの裏ごしを奥さまとお姉さまとともに復活させ、修理を引き受けながら道具を長く使う文化を守ってきたその仕事は、日本のものづくりの確かな財産です。
大川さん、長い間本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。
よくある質問
- 曲物とは何ですか?
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檜や杉の薄い板を丸型や小判型に曲げて作る木製の容器です。せいろ、ふるい、裏ごし、弁当箱などが代表的です。
- 山桜の皮で綴じたせいろとホチキス留めのせいろの違いは?
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山桜は天然素材なので口に入る食品にも安心して使え、修理もしやすいのが特徴です。ホチキス留めは効率よく安価に作れる一方、大川さんは安心・安全を優先して山桜を使い続けています。
- 馬毛の裏ごしはどこで作られていますか?
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2015年に中国での生産が終わり、現在作れるのは大川セイロ店の大川さんの奥さまとお姉さまだけです。
